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徳島地方裁判所 昭和28年(行)5号 判決

原告 片山柔剛

被告 徳島県知事 外一名

訴訟代理人 千葉浩治 外二人

主文

被告徳島県知事が、昭和二十四年十月二日原告に対してなした別紙目録(一)記載の土地を買収するとの処分のうち、別紙図面表示の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の部分に対する買収は無効であることを確認する。

被告国は別紙目録(一)の土地につき、昭和二十四年十一月十六日徳島地方法務局日和佐出張所において、同日同出張所受付第六五四号を以てなした自作農創設特別措置法第三条の規定に基く買収を原因とする所有権取得登記のうち、前項記載の部分を抹消せよ。

被告国が昭和二十四年十月二日被告竹田に対してなした別紙目録(一)記載の土地を売渡するとの処分のうち、第一項記載の部分に対する売渡は無効であることを確認する。

被告竹田は、別紙目録(一)記載の土地につき、昭和二十四年十一月三十日徳島地方法務局日和佐出張所に於て同日同出張所受付第六九二号を以てなした自創法第十六条の規定に基く政府売渡を原因とする所有権取得登記のうち、第一項記載の部分を抹消せよ。

被告竹田は原告に対し別紙目録(二)記載の土地を返還せよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その二を被告の、その一を原告の負担とする。

事実

原告代理人は、「被告徳島県知事が、昭和二十四年十月二日原告に対してなした別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を買収するとの処分は無効であることを確認する。被告国は、本件土地につき昭和二十四年十一月十六日徳島地方法務局日和佐出張所において、同日同出張所受付第六五四号を以てなした自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第三条の規定に基く買収を原因とする所有権取得登記を抹消せよ。被告国が昭和二十四年十月二日被告竹田に対してなした本件土地を売渡すとの処分は無効であることを確認する。被告竹田は、本件土地につき、昭和二十四年十一月三十日徳島地方法務局日和佐出張所において、同日同出張所受付第六九二号を以てなした自創法第十六条の規定に基く政府売渡を原因とする所有権取得登記を抹消せよ。被告竹田は原告に対し、別紙目録(二)記載の土地を返還せよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告国並びに知事各指定代理人等及び被告竹田は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

(当事者の事実と、法律上の主張は、省略)

理由

本件土地がもと原告所有名義であり被告知事が昭和二十四年十月二日原告より一筆の本件土地を自創法第三条に基き既墾地、畑地と認定して買収したこと、本件土地の一部に柑橘、柿等の果樹が栽培せられていることは当事者間に争いがない。検証の結果(第一、二回)及び鑑定人前田博の鑑定の結果によれば、本件土地実測五町二反一畝二歩のうち、実測一町七反五畝二十四歩は柑橘、柿等、実測七畝二十八歩は桃を栽培し肥培管理している果樹園(別紙図面斜線部分。以下、「本件果樹園」という。)であり、その周囲に四、五十年生の植栽した檜、杉等の生立している部分及び自然生の雑木の生立している部分(前田博作成の図面中、栗畑と表示されている部分を含む。同部分は、雑木と僅かの自然生の栗樹とが雑然と密生し、栗樹を果樹として肥培管理していないから、農地とは認められない。)等現状が山林と認められる部分(別紙図面(イ))が実測二町八反四畝二十六歩あり、その他に採草地と認められる部分(別紙図面(ロ))が実測四反七畝二十六歩、宅地と認められる部分(別紙図面(ハ)、前田博作成の図面中3と表示されている部分の現状は、地上に建物が存在せず、直ちに耕作の用に供し得るし、4と表示されている部分の地上建物は仮小屋であつて何時でも容易に収去の上耕作の用に供し得るからこれはともに農地としての性質を失うものではない。)が実測三畝十一歩あり、また、私設の道路と認められる部分(別紙図面(二)、この表示以外のところは畑地の一部を便宜通行の用に供しているものと認める。)が存在し、右果樹園部分とその他の各部分との境界は一見して極めて明白である。従つて、右の山林、採草地、宅地、道路は自創法第三条にいう農地には該当しないこと明らかであり、被告知事が買収に当り、これ等の部分を農地と認定したのは重大且つ明白な瑕疵であるから、右各部分に対する買収は、その他の点の判断を俟つまでもなく無効である。然し、本件果樹園部分が農地であることは明らかであり、これを被告知事が農地と認定したのは至当であり適法である。

右山林部分が果樹園の防風保湿林として必要であり、また採草地、宅地(及び地上建物)道路が果樹園経営上必要であるとするならば被告知事は自創法第十五条に基く附帯買収処分を要するところ、被告知事がこれらの部分につき右規定に基く買収をしないことは当事者間に争いがないから、被告のなした本件土地買収処分の効力はもとよりこれらの部分に及ぶいわれがない。

そこで、本件果樹園部分につき買収の瑕庇の有無を検討する。成立に争のない甲第一号証の一、二によれば、被告知事が本件果樹園賃貸価額九十六円十三銭の四十八倍四千六百十四円二十四銭を買収価額と定めて買収したことが認められ他に果樹価額を加算評価しなかつたことは当事者間に争いがない。然しながら、果樹については、農地とは別個に、農地に附帯する立木として自創法第十五条に基く附帯買収処分を要するものと解すべきところ、被告が果樹につき、右規定に基く買収処分をしなかつたことは当事者間に争いがないから、本件土地買収処分の効力は果樹に及ぶものではない。従つて、本件土地買収に当り果樹価額を加算しないのは適法であり何ら瑕疵となるものではない。もとより果樹園の買収に当つては、土地の買収処分と同時に、果樹の附帯買収をすることが望ましいところではあるが、時を異にして買収しても、その目的は達せられること多言を要しない。

本件土地が十数年前に開墾の上果樹を植栽した果樹園であることは当事者間に争いなく、果樹園の素地が畑地である場合と水田である場合とが存すること当裁判所に顕著な事実であるから、被告知事が本件土地買収に当り認定した賃貸価額は果樹を植栽している畑地の、貸価額であることが推認せられるので、被告知事が買収に当り、果樹園と表示しなかつたとしても、買収の全趣目よりすれば、本件果樹園部分を果樹園と評価の上買収したものというべきであり、その点においては瑕疵なく適法である。

原告は本件果樹園を自作していた旨主張するが、これを認めることのできる証拠はないのみならず、証人谷ヒデ、同久保久夫、同天羽正一の各証言及び原告(第一、二回、但し後述の認定に反する部分を除く。)並びに被告竹田本人尋問の結果当裁判所の検証の結果を綜合すれば、本件土地の旧所有者谷兵吉は、昭和二十四年三月頃死亡当時阿波商業銀行に対し百二十万円の負債があつたので、同人の死後、原告、谷春吉、谷三郎、原告祖母、谷ヒデ等の谷家の親族が相より協議の末、右負債の強制執行を免れる財産隠匿の手段として、強制執行を受ける虞れのなくなるまで、一時、仮りに登記簿上の所有名義を原告に移転したものであること、原告は、右所有名義の移転を受けた後、被告竹田、徳永武等に対し今後原告が本件果樹園の経営をする旨告げ、自ら肥培管理、果実の売却等に関与し、谷兵農園主片山柔剛の名称を用いていたが、その収益の殆んどが谷ヒデ等谷家に帰していたことが認められ、右認定に反し、原告が本件土地を谷兵吉より貸金の代物弁済として受領したとの原告本人尋問の結果は信用し難く、他に右認定を左右し得る証拠はない。そうだとすれば、原告が自ら本件果樹園の園主である如く立振舞い経営に関与していても、これを以て原告が本件果樹園を自作していたと速断することはできない。

尤も、被告のなした買収処分は原告を所有者と認定する点において違法を免れないが、右瑕疵は前叙のとおり明白ではないから、取消原因に止まると解すべきところ、原告は本件につき適法な訴願手続を経由せず、出訴期間も経過していることと当裁判所に顕著なところであるから、もはやその瑕疵を追求することは許されない。

従つて、以上いずれの点よりしても、本件果樹園部分の土地については、無効原因は存在しない。およそ、一筆の農地として買収された一部につき無効原因が存在し、当該部分が、他の無効原因の存在しない部分より明瞭に区別することができる場合の買収処分の効力は、無効原因の存在する部分のみ無効となり、他の部分は有効であると解するを相当とする。本件果樹園が、山林、採草地、宅地、道路の部分と一見して明瞭に区別し得ることは前説示のとおりであるから、被告知事のなした本件土地買収処分は、本件果樹園の土地買収の部分のみ有効であり、他の部分はすべて無効であるということができる。原告は、本件果樹園の土地部分のみでは買収目的を達しないから全体として無効となる旨主張するけれども、被告知事が、買収に際し、山林、立木、果樹、採草地、宅地、建物、道路の買収を本件土地買収処分のうちに包含せしめる意思を有したとしても、被告は、右物件に対し、自創法第十五条の附帯買収処分をしていないから、何ら、右意思を実現する為の処分をしていないことに帰し従つて、結果的にいえば、本件土地買収に当り、右物件を包含せしめる意思はなかつたものとみなされ、本来の買収対象としたのは、本件果樹園の土地であること明らかであるから、この部分が有効であれば主要目的は達するので、右主張は理由がない。

右無効部分を現在谷ヒデが本件土地売渡人被告竹田より買受けたと称して占有管理していること、原告は本件土地買収処分の宛名人であることは当事者間に争いがないから、右部分の買収無効確認を求める利益がある。

被告国が被告知事のなした本件土地買収処分に基き昭和二十四年十一月十六日徳島地方法務局日和佐出張所において同日同出張所受付第六五四号を以つて、同年十月二日自創法第三条の規定に基く買収を原因として本件土地の所有権取得を登記したことは当事者間に争いない。本件土地買収処分のうち、前叙のとおり本件果樹園の土地を除く他の部分が無効であるから、右無効部分の所有権は国に移転せず、登記上実体と齟齬を生じている。従つて、被告国は右無効部分につき、分筆の上、右原因に基く所有権移転登記を抹消すべき義務がある。

被告国は、同年十月二日、右本件土地買収処分を前提として、自創法第十六条に基き、本件土地を被告竹田に売渡したことは当事者間に争いない。被告国の行う農地売渡処分は、その先行処分である買収処分の実体的判断についての瑕疵を承継するものと解すべきであるから、前叙のとおり本件果樹園の土地を除く他のすべての部分の売渡処分は無効であり、その確認の利益を有すること前叙の買収処分の場合と同様である。

被告竹田が同年十一月三十日徳島地方法務局日和佐出張所において同日同出張所受付第六九二号を以て、同年十月二十日自創法第十六条の規定に基く政府売渡を原因として本件土地所有権取得登記をしたこと、別紙目録目記載の土地が買収当時原告所有であつたが、被告竹田が売渡を受けた後に分筆の上、現在占有していることは当事者間に争いがない、右売渡処分は、本件果樹園の土地を除く他のすべての部分が無効であるから、被告竹田は、本件果樹園でない右土地につき右政府売渡を原因として所有権を取得し得ず、登記上、実体関係と齟齬を生じている。従つて、被告竹田は原告のため、右部分について所有権移転登記を抹消すべき義務があり、また、被告竹田は右土地を原告に返還しなければならない。

原告本訴請求は前説示の範囲内において理由があるのでこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 白井美則 高木積夫)

目録〈省略〉

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